仕事で隣の市に行き、昼食はそこにあるラーメン屋でとった。
この地域は何もかも味付けが甘い。以前スーパーで赤飯を買って食べたら、桜餅みたいな味だった。そしてここのラーメンも甘かった。
食べ終わってふと気がついた。財布を忘れた。よくありそうでいて、人生初のことだ。仕事で外に出るときは財布を忘れることが今までも何度かあったが、幸い上司が一緒だったので、借りることができていたのだった。
なんとなく承太郎先輩の、料金以下の飯を食わせる店には金を払わない、という言葉が思い浮かんだ。前々から思っていたが、そこは払っておこうよ、と思う。家金持ちなんだし。
店員に事情を説明した。店員は女店主みたいな奴を呼んだ。そいつが如何にもうんざりしたといった感じで僕のほうに近づいてきた。「見かけない顔だね」と、あからさまに食い逃げ扱いされたが、名前と携帯の番号を書き、今日中に払いに来るからということでなんとか了解してもらった。
職場に戻って、仕事が終わってから、再度その店に行った。金を払いに来た僕を見て、明るい顔を見せた女店主だったが、僕は無機物に向ける視線で応え、それ以上は視線を合わさず、レジの店員に金を払って店を出た。
女店主は、約束通りちゃんと僕が金を払いに来たことに安心し、喜び、それはたかだか700円が店の収入として入ったということ以上の、人間を信頼できたことによる爽やかな喜びであったのだろう。しかし、僕のその態度は、700円を払ったからそれでいいだろう、おまえはそれで満足なのだろうでも言うかのような無愛想なものであった。それは、僕が金を持ってなかったときの女店主の態度が好ましいものではなかったとはいえ、過ぎた侮辱といえるものだった。またその態度は、なべての人間性とでも呼べるものに対する侮辱でもあった。冷酷であった。
とはいえ、僕は後悔などしていない。僕は借りた金はきっちり返すが、受けた屈辱はそれ以上にして返す男だ。